『ヴォイニッチホテル』第3巻
道満晴明 秋田書店 \552+税
(2015年5月20日発売)
“なぜならば、アウレリャーノ・バビロニアが羊皮紙の解読を終えたその瞬間に、
この鏡の、すなわち蜃気楼の町は風によってなぎ倒され、
人間の記憶から消えてしまうことは明らかだったからだ。
――ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』より
未解読の古文書「ヴォイニッチ手稿」の名を聞いたことがあるだろうか。
240ページにおよぶ羊皮紙からなるこの書物は、15世紀ころに綴られただろうということ以外、その文字列が意味するところも、あまたの彩色された挿絵との関連も、まったく解読されていない。
だからその名をタイトルに冠し2006年に連載開始した、『ニッケルオデオン』や『ぱら☆いぞ』で知られる短編の魔術師・道満晴明による初の長編マンガ『ヴィオニッチホテル』も、なんとはなしに、完成することで読み解かれてしまうのではなく、いつまでも描かれ続ける作品であるように感じていた。
しかし、9年におよぶ長期連載の末、2015年に第3巻をもってさっそうと、そして美しく幕をおろす。
舞台は南国ブレフスキュ島に建つ「ホテルヴォイニッチ」。皇竜会から金を持ち逃げしてきた日本人ヤクザ・クズキタイゾウと、ホテルの住みこみメイドで片目が義眼の少女・エレナを中心に展開する「グランドホテル方式」の群像劇――とひとまずは説明することができる。
しかし、ここからより踏みこんで物語を要約してみせたところで、登場人物が入り乱れ、時系列が錯綜し、現実と幻想(とオタクネタ)の混合した『ヴォイニッチホテル』の魔術的魅力を伝えたことにはならないだろう。
いたずらに少しだけ、そこに現れる人々へと目を向けてみても、メイドであるエレナは魔女「三人の母」の末妹・ラクリマルムで、タイゾウの隣室には世界ランク4位の殺し屋で同性愛者のクロサワアキラが滞在しているが、彼は悪魔と契約したスナークというゴスロリ連続殺人魔に殺され、一連の事件を調査する刑事のなかには指先からニベアを出すIQ106のアンドロイド・キカイ田が混じってもいれば、独自に調査を進める少年探偵団のひとりはスナークの妹・アリスで常にウサギの被りものをしている――といった具合に、登場人物の一部を書きだしただけでこれだけ荒唐無稽なのだ。